Shunzizuihao’s blog

創ることの喜びと小話の日記

夏休み特別企画  ~夏の思い出 昆虫編2~

昆虫が苦手な人は、スミマセンが自己防衛で回避ください。

その夏、しゅんつは35歳であった。34歳の12月に丹波のド田舎から大阪府守口市に引っ越してきて、7カ月くらい過ぎた。

母のがん治療(子宮体癌)で、母が選んだ病院の近くに家を借りて住むことになった。

4月から3カ月間の職業訓練を受講し、就活をしていたが、リーマンショックで道は険しく・・・。暑く苦しい夏であった。昨今の夏の暑さほどではないが・・・。

救いと言えば、まだ母が元気であった。大阪の暮らしに馴染んで、楽しみ始めていた頃である。

 

その日は母と二人でお出掛けした。そこそこ買い出しの荷物を持っていたことを覚えている。家族向けマンションの4階で暮らしていた。エレベータが4階に着いて、廊下を歩いていた。戸口手前の所で、クワガタが落ちている。まだそんなに大きくないが、蟻が寄ってきているので、可哀想にお亡くなりかと思った。

母は、「お母さん、こんなん見るの耐えられへんねん。」と言ってさっさと家に入っていった。病気をしているから繊細になったかと思っていた。しゅんつも荷物が重いので続いた。

買い出しの物を片付け、水分を補給し、一息ついた。その時、背後からポンポンと肩を叩かれた。振り返ると、干して置いた牛乳パックの半分切り取られたものを渡された。

「しゅんつ、GO!(行け!)」

無言でおかんからミッションが発動された。保護して来いと。へいへい・・・。

再び廊下に出たら、変わりなく、いた。先ずは生存確認。よく見るとぴくぴくしている。蟻につつかれているので、追い払った。半切りの牛乳パックを寝かせて、クワガタのお尻を軽くつついたらもぞもぞしたので、優しく押して、パックIN。戸内へ持ち帰った。

弱っていたので、とりあえず霧吹きで水を遣った。突然の来訪で、どうやって置いておくか。勿論専用の飼育器なんて無いし、虫かごも無い。そこでA4サイズの紙が入るプラスチックの引き出しを取り出し、牛乳パックを立てて入れておいた。お疲れだったのか静かに療養していた。

 

深夜。カサカサ音がする。「何事?!」と思い居間に行ってみて見ると、仮・クワガタの住まいの牛乳パックが倒れ、クワガタがプラッチック引き出しの上でもたもたしている。どうやら、自慢のかぎ爪もプラッチック相手では引っ掛からず、ツルツル滑って踏ん張れなく、藻掻いていた模様。ひっくり返らないようにしがみ付きながら、前に進めず藻掻いていた。ちょっと可哀想なので、牛乳パックに戻してやった。そうすると、カサカサ暴れて、パックの縁に手(?!)を掛け、体半分を外に覗かせ、こちらの様子をうかがっている。その様相、THE バルターン!!シャッキーン✨

特に頭が派手にバルタンさんや!!(笑)

バルタン星人 顔 に対する画像結果

↑ 画像をお借りして来ました。ふぉっふぉっふぉ♬

バルタン星人は、顔=蝉、身体=エビだったような気がするが・・・。

なかなかの迫力、なかなかの面白さで、深夜なのに思わず声をあげて笑った。

そして発見したこと、クワガタは夜行性らしい。とりあえず、逃亡することは現状況では厳しいらしいので、そっとしておいた。明日、住まいを何とかしてやらねば。

 

翌日午前中に、百均で虫かごをGET。専用の土や、木の枝なんて要りません。新聞紙をB5サイズくらいに切って波折にして、ハサミで細かくスライス。良い感じのおが屑代替品になった。試しにクワガタを入れて見た。5秒くらい固まっていたが即座に「おが屑」の中に潜り込んで静かになった。それなりに馴染んだようであった。

次は食糧。専用の蜜なんて買いません。バナナを輪切りにして入れてやった。3秒後、おが屑をかき分け出て来た。あちこちからつついてお食事。5秒後にヤツは潜っていった。実に経済的なヤツである。

そこそこ気に入ったのか、おかんが「むっしー」と命名した。そして、その日の夜にむっしーは逃亡した。虫かごの扉を閉め忘れたようだ。

おかんはひどく残念がり、反省した。

 

次の日。朝のゴミ出しで、今日は生ゴミの日。大き目のベランダに生ごみ入れを置いていた。暑いし、臭う。覚悟を決めて袋を掴んで取り出し、結ぼうとした時、手にごりっとイヤな感触が・・・・。もしやキャサリン(世間的にはG)?!ヲレはとうとうキャサリンを掴んでしまったのか?!!!!

臭さも忘れ、恐る恐る自分の右手の掌を開いてみたら、じゃーん!むっしー登場✨

ありがたいと言えばありがたいが、あと一歩で握り潰すところであった。はあ~びっくりした。改めて思ったことは、クワガタ(カブトムシ)って、夜行性で生ゴミ漁るって、キャサリンと一緒やん!!カブトムシに生まれるか、キャサリンに生まれるか、人(虫)生の最大の分かれ目やな。

ミョーに納得した(←勝手な判断(笑))。

保護されたむっしーは、どこを傷めるでもなくすんなり虫かごに戻り、その後、脱走を試みようとしなくなった。夏のベランダはあまり快適ではなかったのであろう。

病気療養中の母は、おやつにフルーツをよく食べていた。投薬治療で喉が渇くのであろう。その為、メロン、ぶどう、桃など、丹波のド田舎では盆にしか食べなかったフルーツをよく食べていた。スイカは、おとんがスイカづくりにハマっていたので死ぬほど食わされた(嫌いではないが限度がある)。その為、いまでも高級感が無い(笑)。バナナは当時、朝食定番で常備していた。しゅんつとむっしーは、おかんのおこぼれをもらっていた。

ある日、おかんが巨峰を買ってきた。ブドウの中でもクイーンといわれる「きょっほー」✨そして私に言い渡した。「私はむっしーの玉乗りするところが見たい!」。またしてもわけのわからぬミッション発動である。

ぼーんと一玉、虫かごに入れてやった。吸いやすいように割れ目を入れて上に向けておいた。いつもの通りごそごそ出てきて、きょっほーの大きさに躊躇しながらも飛びついて行った。頑張って「玉乗り」してくれた✨ふと見るとおかん、不在。3秒後、そこそこ疲れたのか、おが屑の中にもぐって消えて行った。おかんがトイレから出て来る寸前のことであった。思ったより食いつきが良くなかったので、2玉目の配給は無かった。無駄にしゅんつ一人でむっしーの玉乗りを見てしまった(笑)。おつかれさん♬

むっしーの食事は朝のバナナと16:00くらいに何かのフルーツ。両方、一片で十分。朝のバナナ時に軽く霧吹きで水をシュッてやったらそれでOK。バナナが特にお気に入りで、輪切りのバナナに全身押し付けるようにして吸い付く。数秒の食事後はおが屑に潜り込んで寝る。夜にカサカサ動く。

 

保護したのは7月。8月にはそんな生活なので、一回り大きくなり、黒々とツヤ光するまでになった。おめめもキラキラ✨立派な図体になり、自信も持ったようだ。この頃、呼び名が「むっしー」から「むっきー」に変わった。いっちょ前に、男前に成長したのである。

8月、お盆に丹波帰省をする時に、丹波で自然に放つことにした。小さなマンションや、虫かごの中では運動不足で、飛ぶことが出来ない。これだけ立派になったのだから、自然に返してやろうということになったのである。

丹波のド田舎まで、電車で2時間。虫かごの中でいつも通りすやすや寝ていた。帰省一日目は虫かごで過ごした。2日目の午後に実家の駐車場(栗畑に囲まれている)で解放してやった。メロンと一緒に外に出した。数秒後、立ち去る前に見たら、まだメロンにしがみついていた。これから、自然との闘いである。外敵も居れば、天候も有る。とろくさいようで慎重なむっきーならやっていけるような気がした。

 

35歳のひと夏の相棒、むっきー。15年前の夏のことである。都会のどこかで飼われていたのか、屋台で購入されたのか分からない、脱走して死にかけの小さなクワガタが、丹波の大自然に生きることになるとは、不思議な縁である。

でも確信している。丹波のド田舎で生存しているクワガタの何割かはむっきーの子孫であると。

これも忘れ難い夏の思い出である。